にこつきの美少女ゲー日記

美少女ゲームの感想やグッズ、情報について綴るブログ

リトルバスターズエクスタシー 感想

今回は2008年に発売されたリトルバスターズエクスタシーをプレイしました。

攻略できるヒロインが多く、ミニゲームも盛り込まれており、ボリュームの多い作品だと感じました。猫好きな人は特に楽しめそうです。

なお、私は無印版は購入していません。エクスタシーしか知らない人の感想です。

感想は、自分がこの作品から何を感じどう考えたかということに重点を置きながら書いていきます。

最初に最も印象に残ったことを2つ書きます。その次に、各ヒロイン別の感想を書いていきます。最後に総括しておしまい。

最も印象に残ったこと

時間の経過とともに人は変わっていく。それは止められない。

いつまでもこんな時間が続けばいいのに。でも、いつまでも同じままではいられない。時間は進んでいき、子どもは大人へ成長していく。成長して変わっていく。

そんなことを感じました。仲間と過ごす時間は楽しくて、いつまでもこんな時間が続いて欲しいと、そう願ったことが私にもありました。学生時代、部活やゼミの仲間と共に楽しくワイワイやっていた思い出は忘れることはないです。でも、そんな仲間とはいつか必ず別れの時がくるんですよね。どんな出会いにも別れがある。けれども、また会えると、必ず会いに行くと、そう願えばいつの日かまた会えると思うのです。再び会う時は、お互いに成長した姿で出会えたらいいな。

Q.本当の自分ってなんなんだろう? A.今ここにいる自分

佳奈多るーとをプレイしていて、ふりをしているうちにそれが本当に思えてくるのだという葉留佳の台詞にドキッとしました。怖かったです。ウソの自分を演じ続けているうちにウソが本当になっていくなんて恐ろしい。で、そんなことを繰り返していくうちに自分が分からなくなっていくのでしょう。

美魚やクドの話にも通じる部分があるんじゃないかと思うのですが、本当の自分ってなんなんでしょうね。自己分析がどうとかいう話も良く聞きますが、本当の自分はこれなんだって決めつけることはできないと思うのです。人はいつまでも同じままではいられなくて、成長して変わっていくのだから、本当の自分というのも常に変わっていくのではないでしょうか。クドがWho am I?(私は誰なのか?)と問い見つけた答え I am now here.(ここにいるのが私)の通りだと思うのです。今ここにいる自分が本当の自分なのだと。

 ヒロイン別の感想(攻略順)

クドるーと

攻略の最初に持ってきた理由は、しぐさがかわかったから。もふもふーってしたいと思って選びました。

ハッピーエンドよりもバッドエンドに感情移入しました。テレビから流れるニュースの内容を想像しながらプレイしていて怖くなっちゃって寝付くのに時間がかかったり。

心に残ったのは世界の秘密を知ってから出てきた、

「正解があると考えること自体が間違いなんだ」「選択して向き合うこと、それが強さだ」という理樹の台詞。

クドるーとをプレイしていて、クドがテヴアへ行くべきか、学園に残るべきかの選択肢が出て来た時に、どちらを選んでも真の意味でハッピーエンドにはいかないよなあと思いました。理樹に決めさせるのでは、根本的な解決になっていないだろうと。世界の秘密を知ってからの話を見て、すっきりした終わり方へたどり着けたと感じました。

人生における正解なんてのはなくて、自分の選択した道と向き合うことで初めて前へ進むことができるのではないかと思いました。自分自身にあてはめてみると、自分の選択した道と向き合えているかについては疑問があるので、これを機にきちんと向き合ってみようと思います。

美魚るーと

するどいツッコミが面白い点と、賑やかなクドとは反対の雰囲気を味わいたいと思い2番目にしました。

「自分とはなんなのか?」

そんな問いについて、あれこれやりとりを見ているのは楽しかったです。何が本当で何がウソなのかなんて、考え出したら止まらないですし、何が何だか分からなくなっていってしまいます。しかし、そんな中だからこそ、

「理樹は理樹の想い出を信じろ」(鈴)

「理樹。お前はお前を信じろ。俺たちの言葉に頼るな」(恭介)

という2人の言葉が響くのだと思います。何が正解で何が間違っているのか分からないから、自分を信じるしかないのだと。

それと、美鳥のこの台詞

「誰か大切な人が傍にいて、はじめて人は自分になるの」(美鳥)

自分以外の大切な人を通してはじめて、自分を認識できるようになる。自分の顔を見るためには鏡が必要なのと同じように、自分を見るためには他人というなの鏡を通す必要があるのではないかと思いました。

自分を信じることの大切さを知ると同時に、自分というのは他人を通してはじめて知ることができるのだということに気づかされました。

葉留佳るーと

哲学的な話をみたので、今度はあっかるーい話題が欲しい!そう思って葉留佳を次の攻略相手に選びました。明るいどころじゃなかったけど。

選択肢がとにかく多かった。そしてどちらを選べばいいのか悩むことが多かった。何度BADENDへ向かったことか。あちこちに散りばめられた伏線を見落とさないことと、双子の入れ替わりという定番ネタを頭をに入れておけば悩むことは少なかっただろうと思いますけどね。

で、プレイして驚いたんですがすっごく感情移入していました。

なんでそんなことになったんだろーって考えたら、私にいじめを受けた過去があったからなんですね。自分に酷い仕打ちをした人を憎み、復讐してやりたいという気持ちは私にもありました。自分は要らない人間だ、生きている資格なんてないんだと思ったことは何度もありました。今でもたまに思っちゃいますけど。

人を信じることが怖くなって、そのくせ優しくしてくれる人に依存してしまいたくなるのも、分からないわけではないという…

でも、復讐したところでなんにもならないんですよね。

自分の居場所を奪われたからそれを取り返そうなんて、やっても意味がない。

居場所は自分で作っていくもので、誰かから与えられるものでも奪うものでもない。自分で自分を否定しても、自分の殻に閉じこもっていくだけで何の解決にもならない。誰かの助けを借りてでもいいから、自分で一歩ずつ前に進んでいかなければ、新しい道は開かないと思います。

理樹に助けられながらも、自分の気持ちに整理をつけられないながらも、一歩ずつ前へ進んでいく葉留佳の姿は印象的でした。

来ヶ谷るーと

賑やかな葉留佳の次は来ヶ谷の姉御。

不思議な世界だった。そして、どこか寂しい終わり方。

TRUEENDを見てやっとハッピーエンドかなと。

「自分ひとりでは自分すら見えない」(来ヶ谷)

という台詞が心にとまっていて、あれー、これ美魚るーとでも同じこと言ってたじゃんと。自分がない、分からないと言っていた来ヶ谷は、リトルバスターズという仲間を通して自分を知ることができたのかと。ああ、良い仲間との出会いって必要なんだなとしみじみ思いました。自分がない、分からないという状態は、どこか空っぽで辛いよね。空っぽを満たしてくれるのが、仲間なんだと。

小毬るーと

不思議な世界を体験したので賑やかな世界を味わいたいから小毬へ。

(どのみち鈴は後回しにしないといけないから必然的に小毬なんだけど)

小毬が壊れて理樹をお兄ちゃんと区別できなくなった場面や、小次郎と小毬の祖母の関係をみて、自分は相手のことをどんな存在として捉え、また自分は相手からどんな存在として見られているのだろうかと考えました。

自分はなぜあの人を兄貴(姉御)と呼ぶのか?

なぜ自分はお兄ちゃん(お姉ちゃん)と呼ばれるのか?

実際に私が上のように呼んだ・呼ばれているわけではありませんが、自分と相手が互いにどのような認識を抱いているのか?そんなことを考えてみると何か新しい発見があるんじゃないかと思いました。

鈴るーと

やっと鈴るーとだー!世界の秘密が分かるぜひゃっほーい!と言いながらプレイをはじめました。世界の秘密が気になっていたんですよずっと。ここまでプレイしてきて、世界の秘密とは自分の願いが叶うことなんじゃないかと推測していました。結果としては間違っていましたね。

物語の核心に迫るるーとということもあって、最初から最後までハードでした。

世界が鈴と理樹を強くするために作られたものということもあってなのか、鈴の幼さや弱さが目立っていたように思います。しかし、一人になると何もできなくなる鈴が、仲間を通して自分の思いに気づき、強くなり成長していく姿が印象的でした。

「いつまでも、子どものまんまじゃいられないんだ…

 時間は進むし、人は成長していく…」(恭介)

この台詞はこの物語において最も重要な部分だと思いました。

佳奈多るーと

 佳奈多かわいすぎ。けど、心に残ったのは葉留佳の台詞ばかりでした。

「ふりをしているうちに、それが本当みたいに思えてくるんだよ」(葉留佳)

「思い込みは何もかも変えてしまうの」(葉留佳)

と、普段の葉留佳とは違う台詞が聞けて驚きました。誰かに依存しがちだった彼女が他人を許し、前へ進んでいくようになっているのだから。

今の2つの台詞は、ネガティブに捉えるととても重たいものですが、ポジティブに捉えるなら、人は何にでもなれるということだと思いました。誰かを傷つけるふりなんかするよりも、誰かに優しくするふりをし続けるほうがいいんじゃないかな。

 

「どんな現実だって時はながれていく。今のままでずっといることなんかできないんだ。だから、もう今だけを望まなくていい…望んじゃだめなんだよ」(葉留佳)

この台詞、今を望むということは未来を否定するということだよと言っているように感じました。

佐ヶ美るーと

猫好きな私には楽しめるお話でした。最後は泣きました。

好きになる人っていうのは、憧れの人だからとかいうのではなく、一緒にいることに何の違和感もなくて、自然に付き合える人なんだなあと思いました。

沙耶るーと

これまでの8人とはうってかわって、迷宮探索あり射撃ゲームありと全然違う形ですね。沙耶と理樹のかけあいが見ていて笑えるところが多くて、終始楽しくプレイしていました。ただ、スクレボENDといい馬鹿理樹るーとといい、とにかく時間がかかる点がきつかったです。エクスタシーモードで時風を倒すのに16発当てたと思います。初見プレイ時は射撃モードをNOMALでプレイして何度も死にました。沙耶の射撃をNOMALでやるのはきついきついきつい。てか、時風って恭介だよね?

迷宮探索を何度もリプレイするのは苦行でしかありませんが、何度出会っても互いに好きになれる関係っていいですね。

専用のエンディング曲もついていて、イレギュラー感満載だなあと感じました。

最後に持ってきてよかったと思います。楽しく終われてよかったです。

真人筋肉るーと

筋肉筋肉!!筋肉筋肉!!筋肉筋肉!!筋肉筋肉!!筋肉筋肉!!

こういうおバカをやるるーとがあるっていいですねw

筋肉いぇいいぇい 筋肉いぇいいぇい

総括

 プレイして感想を書きながら考えたこと。

・人は他人を通してはじめて自分を知ることができる。

・人はいつまでも同じままではいられない。時の流れと共に人は変わっていくもの。

・今ここにいる自分が本当の自分。

・好きになる人とは一緒にいることが自然に思える人。

この4点が私がリトルバスターズエクスタシーという作品を通して学んだことだと思います。ボリューム満点で、攻略するのに2カ月ほどかかってしまいましたが、とても面白い作品でした。この作品の制作に携わった方々に感謝を述べたいです。すばらしい作品をありがとうございました。

最後までお読みいただきありがとうございました。